上野伸弘のコラム

第四話 古酒造りが途絶えた訳

古き良き日に愛飲されていたのであろう古酒が、その後日本になぜ根付いてこなかったのか。これには憶測の域を超えない。様々な理由も考えられるが、ここでは大きく影響を与えたであろう2つの理由について説明しよう。

理由1

明治の初期から昭和18年(1943年)まで「造石税」と称し、その販売量に関係なく酒を精製すると、その時点で過酷な税金を強いられていた。ちなみに一時、酒税が国税の半分近くを担っていたと言われるくらいの重税であったそうである。造られたお酒の全てに課税される為、それをとり置くという発想はなく、早くに換金し、売ってしまわなければならないという雰囲気が生まれたと推測される。また当時は、技術面もさることながら、環境面を考えても現在のように密閉度の高いタンクなど勿論なく、木の桶で造られていた酒はいつ雑菌に犯されるかも判らず、税金は支払ったが、酒は腐敗してしまうでは到底商売としては成り立たなかったであろう。(当時一本の桶が火落ち菌と呼ばれる菌に冒されると、伝染病のように他の桶に広がって、全ての酒が腐敗してしまうことも少なくなかった。)

理由2

戦後の弊害。戦後は「造石税」も「蔵出税」(蔵から出荷する時点で課税される仕組み)に代り、税金のうえでは多少すくわれたが、主食である米は、食べるにも事欠く時代に酒を造るために十分な量が与えられず統制が行われていた。また、原材料に制限があるため合成酒や三倍増造酒等が開発された。酒の工業化、造れば売れる時代を迎えたことで、とり置くという発想に至らなかったことが原因だと考えられる。しかしそんな時代にも、こころある幾つかの蔵元が熟成の良さを思い、とり置きを試みると、地域によっては監督官庁からの指示で早くに商品を売って税金を納めるように促されたという。酒を文化的ものだという観念がそこには全くといっていいほど無く、税金の原資という捉えかたが熟成の文化に大きく遅れを生じさせたと考える。
では一体何を期に不遇の時を過ごした古酒が復権したのであろう?
次回は『復活した古酒造り。その理由は意外なもの』について語ろう。