上野伸弘のコラム

第一話 何ゆえ私が古酒に興味を覚えたか?

20数年前、私プロフィールに記してあるとおりホテルでバーマンとして働いておりました。当時一流と呼ばれたホテルのBARでしたので品揃えも豊富で、そのカウンターには各国のお酒が所狭しと並んでいるわけです、お酒の性質は勿論違うわけですが、ウイスキーやブランデー、ラム酒にしても熟成年数の深いものが価値のあるものとして扱われており、同じ醸造酒のワインはビンテージ物が尊ばれ、シェリー、ポート、マデラ酒等も然りです。
そのような環境で、ふと当たり前のように気が付いたというか思いついたことに、何故日本酒にはエイジング(熟成)した物が無いのだろうというものでした、勿論良く探せば私の周りに見当たらなかっただけで実際には商品として存在していたそうですが、その頃は知る由も無く、そんなことなら自分でお酒を寝かせてみようという物でした。
こんなお話をすると、そんな以前から古酒に取り組んでおられたのですね?と関心される方が居りますが、実際のところは、それ程深く考えてのことではなく、温度管理も程々にただとって置いたに過ぎないのですが、そのお酒を数年後に飲んでみて、ことの他味が良かったことと、周りの反響が悪かったことが私の好奇心を駆り立てたというのが実際です。個人的にはシェリーの味わいによく似たお酒というイメージと舌触りが大変滑らかで俗に言われる「ムレた様な日本酒臭さ」は無く、逆に香ばしい甘い香りを湛えていました。
しかし、このお酒を友人達に試してもらうと一様に「こんなの日本酒じゃない」と、はなから相手にしてもらえない始末でした。

その後、その友人達を納得させられるようなお酒をと、幾つもの捕り置きを試みましたが結局納得してはもらえませんでした。そんな折私がこのお酒(古酒)の味わいに確信がもてたのが人事異動でフレンチレストランに移動となり当時フランスより派遣されていた総支配人とシェフに出会ったことに始まります。その時に思ったことがフランス人ならどの様な感想を持つだろうかというものでした。普段日本酒に馴染みが無く日本酒に対する先入観の極めて低い人たちの感想が聞けると考え飲ませてみたところ(勿論そのお酒が日本酒だと伝えずに)、初めて良い評価の話しが聞けたわけです。二人とも一様にこの酒を称え、シェフに至っては「この酒をソースに使って料理と合わせて飲んだらいいね、何処の国のなんと言う酒だい?」とまったく日本酒とはわからない様子。日本酒のビンテージ物だと伝えると大変驚いて日本酒の奥深さに感心していました。
そんなことからも日本酒を従来持ち合わせる固定観念に囚われることなく大きな枠で捕らえた「お酒」として美味しいかどうかを問うようにすると受けとめ方も味わい方も大きく様変わりするのではないか?と感じるようになります。

私たちが外国のお酒に触れるときそのお酒に知識が及ばない時、自分の口に合うか合わないかが最も大事であり、そのお酒のカテゴリー内で優れているか否かは二の次です。勿論アルコール飲料を扱うプロとして飲み物としての価値観お酒の持つ品格や熟成感を含む判断基準が備わっていることも事実ですがそのお酒が持ち合わせる優れた面を感じ入ることが大変重要なことだと考えます。